■ 承継する相手と内容について
事業承継の際に重要なことは、「誰を後継者にするのか(誰に譲渡するのか)」という点で、大きく分けて2つあります。
1. 親族間での事業承継
親子間での事業承継がメインになります。 前院長が生前のうちに承継するのか、あるいは亡くなった後に相続として承継するのか、これらのポイントを以下にまとめてみました。
【生前のうちに承継する場合】
(1) 資産(土地、建物等)の引き継ぎ
- 売買(譲渡)
前院長(親)は土地、建物の売却益に対して譲渡所得税が課税されます。 新院長(子)は建物の減価償却費を必要経費に算入できます。
- 贈与
土地、建物を受贈する新院長に対して贈与税が課されます。
- 賃貸
前院長と新院長が別々の生計の場合、新院長が支払う賃貸料は必要経費に算入されます。 賃貸料を受け取る前院長は、不動産所得として収入になります。
一方で、前院長と新院長が同一生計の場合は、親族間での支払う賃貸料は必要経費に算入されませんので、前院長が受け取る賃貸料も収入にはなりません。 (2) 負債の引き継ぎ 銀行等、債権者の同意を得れば引き継ぐことが可能です。 一般的にはそのまま引き継ぐことが多いようです。 この場合、借入金の利息は事業所得の必要経費に算入することができます。 (3) 従業員の引き継ぎ 従業員との雇用関係は原則として引き継がれません。 継続して雇用する場合は、新院長と従業員との間で新たに雇用契約を結び直す必要があります。
【相続による承継の場合】
相続発生時点での相続税評価額で、相続税を支払い、承継することになります。 生前のうちに承継する場合と違い、突然の承継になる可能性もあります。 その場合、クリニックに関連する財産(土地、建物)が確実に新院長に相続されるように準備することや、相続税の納税資金についても、預貯金や生命保険等で準備しておくことが必要になります。
2. 第三者との事業承継
いわゆるM&Aでの事業承継にあたります。 (1) 資産(土地、建物等)の引き継ぎ 親族間とは違い、贈与や相続といった引き継ぎ方法はなく、売買(譲渡)もしくは賃貸のどちらかになります。 売買価格としては、「固定資産の時価」に「営業権(のれん代)」※を加えた価格になるのが一般的です。 (2) 負債の引き継ぎ 負債については、引き継がない場合が多いようです。 (3) 従業員の引き継ぎ 親族間での事業承継と同様です。
※ 営業権(のれん代)について クリニックの将来性や収益性を加味した部分で、固定資産の時価を上回る部分になります。 この営業権は減価償却資産として計上し、5年間で償却します。
また、事業承継を進めるにあたり、いくつかのステップを経なければなりません。 ステップ1 売り手を見つける 第三者との事業承継においては、売り手、買い手ともに、相手がいないと始まりません。 売り手の院長、買い手の医師の個人的なつながりから相手を見つける場合もありますが、やはり広範囲のネットワークを持つ、専門業者やコンサルタントに依頼することが多いようです。 ステップ2 代理人を立てる 売り手、買い手ともに代理人を立てて交渉することが基本になります。 事業承継においては、数多くの合意事項が発生するため、客観的に進められる代理人の存在が欠かせません。 ステップ3 コンサルタントに依頼する 交渉がまとまった後は、後継クリニックの診療開始に向けてさまざまな準備作業が必要になります。 手続きに関しては新規開業と同じく、書類等の提出も多く複雑なため、税理士事務所を始めとしたコンサルタントに依頼することが、失敗しないポイントになります。
個人クリニックの事業承継について、少し身近に感じていただけたでしょうか? 次回は、医療法人の事業承継について、お伝えします。
<参考>
- 『Q&A 診療所の新規開業ガイドブック』 TKC医業・会計システム研究会/株式会社TKC出版
- 『医療・介護経営のポイントと改善アドバイス』 総合医業研究会/株式会社ビジネス教育出版
- 『開業医のためのクリニックM&A』 岡本雄三/株式会社幻冬舎
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