今回は、医療機関で実際に起こった事例を基に、労務の基礎知識の確認と対処方法を解説いたします。 労務編-第2回は「問題スタッフの対応」についてお伝えいたします。
■ 事例1 パワハラ行為 <事実確認について>
とある医院の院長は、勤務終了後に新人事務員Aさんから相談があると話しかけられました。 Aさんは先輩スタッフBから、「容姿について嘲笑をされたり、言葉遣いの真似をされたり、ときには暴言を浴びせられています。 周りにいる事務長や先輩スタッフは一緒になって大声で笑っているだけです。 これはパワハラ行為だと思うので何とかしてもらえないでしょうか?」 との内容でした。 院長は「調べてみるよ。」と返答をし、事実確認の調査をしました。 事務長に聞き取りを行ったところ、「パワハラ行為に該当する事実はない。」との回答でした。 これをAさんに伝えると「そんなはずはないです、もっとよく調べてください。」とのことでした。 これ以上詳しく調査をした方がいいのでしょうか? 事業主(院長)は従業員の職務行為から生じる危険だけでなく、同僚や先輩、上司からもたらされる生命や身体等に対する危険(いじめ、嫌がらせ、パワハラ行為)についても防止すべき注意義務があると考えられています。 また労働契約法第5条でも「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めており、事業主に安全配慮義務を課しています。 パワハラ行為等を放置してその結果、スタッフが退職に追い込まれたり、精神疾患を患ったり、最悪の場合、パワハラ行為を苦に自殺をしたりすれば安全配慮義務違反により、事業主が損害賠償をしなければならない場合もあります。 パワハラ行為等の防止には、できる限り事実関係を把握し、積極的な調査をしなければなりません。 過去に、積極的な調査を行わなかった人事部責任者が、適正な措置を講じていれば被害者が職場復帰し、自殺に至らなかったと推認できるとし、安全配慮義務違反とされ、多大な損害賠償額を求められた判例【川崎市水道局事件 東京高裁判決H15.3.25】もあります。 このケースでは事務長だけでなく、先輩スタッフB本人からの事情聴取および、他の先輩スタッフから情報収集を行い、事実関係の把握をする努力をしなければなりません。
■ 事例2 パワハラ行為 <教育指導について>
他の先輩スタッフに聞き取り調査を行っていたところ、「事務長の言動がかなり乱暴で、多数のスタッフが事務長の言動に苦痛を感じている。 パワハラ行為に該当すると思うのでやめさせてほしい。」と訴えがありました。 院長は、事務長の日頃からの言動はかなり乱暴であると認識していましたが、叱咤や叱責の範囲であり、パワハラ行為まではいかないのではと感じています。 事務長の言動をパワハラ行為扱いにして、教育指導を行う必要があるのでしょうか? パワハラ行為とは、職務上の地位や人間関係のなどの職場内の優位性を背景に、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させることを言います。 叱責や注意喚起、教育指導なのか、それともいじめ・パワハラ行為なのか、明確な判断基準はありません。 結局は社会通念で判断されます。 言葉が乱暴なだけであれば、そのことをもって直ちにいじめ・パワハラに該当することはありません。 また、苦痛を感じるかどうかは人それぞれ差異がありますから、スタッフが「苦痛です!」と言っても、それだけでいじめ・パワハラ行為に該当するわけでもありません。 逆にその言動が、人格攻撃、名誉棄損、侮辱、脅迫、ひどい暴言などに該当するのであれば、いじめ・パワハラ行為に該当する可能性は高いと思われます。 具体的には次のようなものになります。
- 机やキャビネットを叩きながら怒鳴る
- 個室に呼び出し、長時間叱責する
- 「俺の言うとおりにしろ、上司のやり方にはむかう気か?」と仕事の進め方を強要する
- 「役立たず、死んでしまえ!」などの人格を否定する
- 宴会や旅行の出席を強要する
- 「お前の将来はないものと思え!」と昇進を妨害する
- 問題が起こると、「それは○○のしたことです。」と責任を回避する
- 学歴や性別、出身地などで差別する
- 「親の顔が見てみたい!」などと家族を非難する
- 「明日から来なくていい!」と退職を促す
院長はまずスタッフから具体的にどのような言動があったのかを、聞き取りをする必要があります。 「何を思った」のではなく、「何を言われた」のかを聞き、そのうえでもし人格攻撃、暴言などが含まれていると判断した場合には、事務長に対しパワハラ行為についてのレクチャーを行い、改善するよう教育指導を行うべきです。 また、悪質性が高ければ、懲戒処分を検討する必要があるかもしれません。 逆に事務長の言動が、あくまで業務上の叱責・注意の範囲内と判断した場合は、スタッフには「パワハラ行為まではいかないが、事務長には十分に注意しておく!」と伝え、事務長には、スタッフと良好な人間関係を築けるようにコミュニケーションをとること、および暴言にならないよう注意を促すのが得策です。
■ 事例3 メンタルヘルス対策 <精神疾患が疑われるスタッフへの対応>
スタッフAさんは、遅刻、欠勤が多くなり、仕事の些細なミスも増え、言動も異常になってきました。 精神的に病んでいるのではないかと専門医の受診を勧めましたが、本人は拒否しました。 どうしたらいいのでしょうか? スタッフAをそのまま放置するのではなく、早急に受診するように説得をします。 それでも拒否された場合には、ご家族の協力を得て、専門医の診断・治療を受けてもらい、医師の診断で通常勤務が困難とされた場合には自宅療養(休職)を命じてください。 事業主には、安全配慮義務が課せられていて、こちらには心身の健康も含まれており、スタッフの精神面の安全も配慮する義務があります。 就業規則の解雇事由に「精神の故障のため、職務に堪えないとき」と定めている医療機関は多いと思いますが、就業規則に記載されているからと、いきなり解雇することは労働法上できません。 通常勤務が困難とされた場合は、まずは休職させ回復を待ち、休職期間満了時でも復職できる状態に回復できなかった場合に退職扱いにします。 通常、就業規則には、休職事由を設けていますので、その定めに従い、休職命令を出します。 もしスタッフAが復職したいと言っても、応じる義務はありません。 休職し、傷病が治癒し、復帰可能な状態にあるかどうかは、従前の職務を通常程度行える健康状態になっているかを基準にするのが通常です。 ただし、他の軽易な業務であれば従事することができ、その業務へ配置転換が可能である場合には、復職を認めるのが通例となっています。 院長は、スタッフA について復職可能な職務があるかを検討し、もしそのような職務があれば、主治医にその職務に就くことが可能か確認をし、可能であると診断された場合には、主治医から復帰後の雇用管理上の注意点を聞いたうえで復職させるのが妥当です。
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