■ M&Aのその後
M&Aによる開業が果たせた後の気になる状況を、過去5年間に当事務所でお手伝いさせていただいたクリニックの開業データに基づき、資金面及び具体的な事例をご紹介します。
A医師の場合
内科診療を続けてきた70代のA医師が、後継者不在のため、自身の医療法人のM&Aを考えました。 計画的にM&Aに対しての準備を進めていたため、クリニック引き継ぎに十分な時間をかけることができました。 譲渡の1年ほど前から承継者のB医師が医療法人の理事に加わり、週1日の診療を始める形でクリニックに馴染んでいきました。 徐々にB医師の診療日を増やしていく一方で、A医師の診療日を減らし自然な形で引き継いでいったのです。 こうすることで、院長交代による患者様や従業員の抵抗感を極力少なくすることに成功しました。 実際の譲渡は、会計実務のことも踏まえ、決算のタイミングで実行しました。 理事長をA医師からB医師に交代し承継完了です。 クリニック譲渡に当たっては、B医師はA医師に退職金の支払いをしています。 その際の資金を用意するために借入れが必要でしたが、医療法人として融資を受けることができますので、保証人はB医師自身でよく、個人で融資を受ける場合のように配偶者やその家族を連帯保証人にせずに済みました。 しかも、今までの患者様が続けて通っていただけることで、承継直後から収益を落とすことなく維持しているため、借入れの返済原資を十分に確保することができました。 医療法人の承継では、これまでクリニックが築いてきた信用や実績を丸ごと引き継げること、開業当初から採算ベースに乗った診療ができることなど、融資を受ける際にも個人に比べて審査が通りやすく大変有利です。 M&Aの後、看護師などの従業員も全員引き継がれました。 診療時間が変わったことで勤務形態等も変わりましたが、その分給料も上がったので大きな不満は聞かれませんでした。 ただ、A医師とB医師との引き継ぎの中で、最初からすべてが順調だったわけではありません。 A医師のときは高齢ということもあり来院数も下降気味で、従業員の仕事自体は負担が少ないものでした。 それが若くてやる気に満ちたB医師の登場で、診療方針の変更がなされたため、従業員の中には戸惑いを感じる者もいましたし、それぞれの医師で仕事のやり方が異なるため、軋轢が生じた場面もありました。 しかし、A医師がB医師にアドバイスを実施したり、社会保険労務士に相談したりして、少しずつ両者が歩み寄り、分かり合っていくことができました。 現在では、B医師も従業員ととても良好な関係が築けています。 また、A医師が退いた後もクリニックは順調に増患増収し、理想的なM&Aによる開業ができて非常に満足されているご様子です。 今後、ますますM&Aを利用した開業が増えていくうえで、入念な準備と時間をかけた双方の粘り強い対話が承継開業の成功の秘訣と言えるのです。 (参考文献:岡本雄三著(2015)「開業医のためのクリニックM&A」(P.154-159)幻冬舎メディアコンサルティング)
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