■ 「クリニックの譲渡を考えています。 トラブル無く譲渡するためにはどのようなことに気をつけたら良いでしょうか?」
- 買い手(後輩)
「先輩、この営業権5,000万円って、何ですか?」
- 院長
「それはいわば「のれん代」だよ。 クリニックを譲渡するということは、築いてきた信用も実績も譲渡することになるから、その代金だな。」
- 買い手
「そうではなくて、僕が聞きたいのは、数字の根拠ですよ。 どこから出てきたのですか、5,000万円という数字は!」
- 院長
「それは・・・なんとなくそんなものだろうという数字だ。 うちは地元じゃ名が知れている、人気のクリニックなんだから、そのくらいはするだろう。」
- 買い手
「いくら先輩の言うことでも根拠もなく5,000万円だなんて納得いきませんよ。 それに先輩の奥さんを今と同じ給与で雇うことも条件になっていますが、看護師でもないのに、なんの仕事をさせろと言うのですか?」
- 院長
「帳面付けとか、あるじゃないか。 うちの奥さんは優秀だぞ。」
- 買い手
「私の妻は税理士ですよ。 経理は妻にしてもらいます。 もういいです。 先輩、こんなめちゃくちゃな条件だと、だれも引き受けませんよ!」
- 院長
「ああ、もういい。 うちのクリニックの価値がわからんやつには売らん!」
【解説】 クリニックを他人に譲渡する場合、早く承継を進めたいあまりに承継後のリスクについては目を逸らしがちになるため、後に大きなトラブルに発展することがあります。 今回は、個人クリニックを第三者に譲渡する場合にトラブルになりやすい『1.営業権の価額』、『2.従業員の継続雇用』、『3.承継前後にわたり治療している患者さんからのクレーム』の3点について、解説します。 1.営業権の価額 新規開業して、一から地元患者さんの信頼を得るためには、多くの時間とコストと努力が必要です。 一方、開業してから年数がたっているクリニックは、知名度もあり、かかりつけ医にしてくれている患者さんも多くいます。 このようなクリニックを引継ぐことができれば、時間やコストや失敗のリスクを大幅に軽減できるメリットがあります。 評判が良いクリニックであれば、なおさらのことでしょう。 このメリットを金銭的価値に置き換え評価したものが「営業権(のれん)」というものです。 ただし、不動産のようにある程度の尺度があるわけではないため、営業権を金銭的価値に置き換えることは容易ではありません。 「営業権」という言葉をどこかで聞いて、なんの根拠もない数字を提示すれば、会話のように買い手はその金額に納得せず、トラブルになるのは必至です。 そうかと言って、十分に実績のあるクリニックの場合、営業権の価値を売らないのはもったいないことです。 このような場合は、クリニックの特性(知名度、患者さんの数や内容など)を見極め、営業権の価値を算定してくれる専門家に依頼してみるのも一案です。 ちなみに、このクリニックの営業権は一般の事業と違い相続税の対象とはなりません。 税務では医師や弁護士など、その人の技術がものを言う事業の営業権は、その人が亡くなった時点で消滅していると考えられるためです。 2.従業員の継続雇用 売却する場合、いままでクリニックのために働いてくれた従業員をどうするのかも争点になります。 院長にしてみれば、貢献してくれた従業員を見放すことはなかなかできないものです。 買う側にとっても、患者さんとなじみの従業員がいなくなることは、デメリットになりかねません。 会話のように、専従者の継続雇用はさすがに難しいとしても、今いる従業員を継続雇用しようという話になるのは自然なことです。 ただし、医療法人と違って、個人クリニックの場合は事業主が交代するため、継続雇用する場合でも形式上、全従業員が旧クリニックを一旦退職し、新たな院長が新規採用する形となります。 新クリニックは、前院長とは全く違う雇用契約を取ることができます。 たとえば、全員新規採用となることから、給与の基本額を新規採用者のものにすることもできます。 しかし、現実問題そんなことをすると離職してしまう従業員も出てきます。 従業員を不安定にしないためにはいままでの条件を確認し、既存の雇用契約書や就業規則をベースに、変える点、変えない点をすり合わせておいたほうが良いでしょう。 また、雇う側と従業員との相性もありますので、承継が概ね決定したら、従業員と新院長が面談してヒアリングも含めた話し合いをしておく必要があります。 3.承継前後にわたり治療している患者さんからのクレーム 会話にはありませんでしたが、承継前から治療を継続している患者さんから、承継をした後にクレームを受けることも考えられます。 もし、そのクレームが損害賠償といったことに発展した場合、どちらがどこまで責任を取るのかで争いが起きる可能性があります。 診察を継続する患者さんからのクレーム処理については、契約の段階である程度取り決めをしておくことも必要です。 また、患者さんに断わることなくカルテを引継ぐことは個人情報保護法に抵触する行為ではありませんが、継続治療しない患者さんからクレームが出ないとも限らないことから、カルテの引継ぎについて、患者さんにどう周知徹底するのか、また拒否した患者さんへどう対応するのかについても取り決めておくことが大切です。
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